KBCコラム
非認知能力
"見えない力"は将来の選択肢を広げる資産となる——MBA教授が語る、非認知能力(=社会情動スキル)が重要な理由<MBA教授 金子浩明先生>
キッズベースキャンプでは、「社会につながる人間力=非認知能力」の育成に力を入れています。
今回はMBA教授の金子浩明先生に社会人教育の視点から、非認知能力の重要性を教えていただきました。
プロフィール

金子 浩明(かねこ ひろあき)
学校法人グロービス経営大学院大学 経営研究科 教授
社会人ビジネススクールの教員や企業の経営人材育成の講師として、5000人以上のビジネスパーソンの成長を支援してきた。経済産業省「社会人基礎力研究会」(2005)の立ち上げ期にコンサルタントとして携わるなど、ビジネスパーソンの非認知能力の重要性についての知見を有する。また、科学技術振興機構で研究マネジメント人材の育成事業の事業推進委員、内閣府で地方大学・産業創成関連の有識者委員、上場企業のアドバイザーや社外取締役を務める。東京理科大学修士、政策研究大学院大学修士。
はじめに——社会人教育の現場から
社会人教育の現場から見える「成長する人」の共通点
私は経営学研究科、いわゆるMBAスクールでビジネスパーソンを教えています。年齢は20代後半から40代が中心で、昇進前後のリーダーや転職後のマネジャー、起業を志す方や現役の経営者まで、様々な経歴の方が集っています。そこで日々感じていることですが、在学中や大学院修了後に大きく成長する方は、大きく分けて3つの特徴を備えています。
①論理的思考力と知識――意思決定を支える力
まずはじめに、論理的思考力と知識です。
論理的思考力とは、ものごとを筋道立てて考える力であり、ビジネスにおける分析や意思決定には欠かせません。その際に、知識が多いほど、分析や意思決定の精度は高まります。
多くのビジネススクールでは、ケース討議(実際の企業事例を基にした実践型授業)を通じて、分析と意思決定のトレーニングを行い、論理的思考力を鍛えるとともに、経営に活かせる実践的な知識を習得していきます。
これらの力は、ペーパーテストなどで比較的測定しやすいことから、一般には「認知能力」と呼ばれることもあります。
② 社会課題に向き合う原動力――「志」という力
次に、社会課題や研究課題に対する「想い」や「願望の強さ」です。私の所属する大学院では、これを「志」と呼んでいます。例えば、ある事業を通じて世界の食糧問題を解決したい、などです。
志は自らを鼓舞する原動力であり、周囲の人々の共感や協力を得るためには不可欠です。ただし、志は社会人大学院の入学時点で固まっている必要は無く、むしろ定まっている人は少数です。一般的に志や使命感のようなものは青年期を通じて徐々に醸成されていくもので、学童期からそれを期待する必要はありません。
③「測りにくい力」――社会情動スキル
最後は、心理学で「社会情動スキル」と呼ばれる力です。
例えば、計画を立てて粘り強くやりきる、自分の感情・思考を把握する、他者の気持ちや立場を理解し、他者と協力・対話・対立解決を行う、失敗を次に活かす省察(リフレクション)などです。これらは知識のようなペーパーテストで「測りやすい力」に対して、「測りにくい力」です。
成人になってからでも伸びますが、基礎的な能力として幼少期に形作られていると、大人になってからの学び直し(リスキリング)の速度が違うと言われています。
非認知能力が、成長し続ける力になる
上で述べた「志」や「社会情動スキル」のように、ペーパーテストなどで測定しにくい能力を、非認知能力と呼びます。成長し続け、結果を出している社会人の多くは、高い非認知能力を備えています。
・成長する社会人には、認知能力・志・非認知能力の3つの特徴がある
・論理的思考力や知識は、ビジネスの分析と意思決定の基盤となる
・志は人生の早い段階で完成している必要はなく、時間をかけて育つもの
・社会情動スキルは測りにくいが、人生の成果に大きく影響する。幼少期に土台が育まれることで、大人になってからの成長速度が高まる
ビジネスの潮流と非認知能力
経済学が示した「人生の成果」と「非認知能力」
ビジネスの分野で非認知能力が最初にブームになったのは、1990年代に登場したEQ(Emotional Intelligence)です。心理学者のダニエル・ゴールマンが1995年に出版した「Emotional Intelligence(邦題:EQ こころの知能指数)」は世界的なベストセラーになりました。ゴールマンは、IQ(認知能力)よりもEQ(共感、自己制御、動機づけ、社会的スキル)のほうが、リーダーシップやビジネスの成功に重要だと主張しました。この考えは多くの企業に受け入れられ、企業のコンピテンシー・モデル(職務において高い業績を出す人の行動特性)と管理職研修にEQ系のスキルが組み込まれ始めました(360度評価、コーチング、フィードバック訓練など)。
同時期に、シカゴ大学のヘックマン(2000年ノーベル経済学賞受賞)は、教育・労働・犯罪統計を長期的に追跡する実証研究から、学力テストやIQなどで測定できる「認知能力」よりも、「意欲・忍耐・自己制御・社会性」といった「非認知能力」のほうが、人生の成果(所得、健康、犯罪率)に強く影響することを示しました。この研究成果により、ビジネスの世界でも「非認知能力は育成可能」という認識が高まりました。
2000年代以降、金融危機・地政学リスク・パンデミック・気候変動といったイベントが相次ぎ、従来の知識や計画だけでは通用しないことが強調されました。そうして2010年代に入ると「予測困難な時代」への対応が企業に求められるようになります。特に必要とされたのが「レジリエンス(回復力)」「自己制御」「協働」といった非認知能力です。
Googleの研究が明らかにした「心理的安全性」
2010年ごろ、当時急成長中のGoogleは「優れたマネジャーの条件」を科学的に解明するための研究を行いました。その結果、マネジャーに必要なのは技術力よりも、人間的・非認知的スキル(コーチング、傾聴、共感、ビジョン提示など)が重要であることが示されました。同時期にGoogleは、成果を出すチームと出せないチームの差についても研究を行いました。2012年ごろから、180以上のチームを対象に約2年かけて調査した結果、最も重要だったのは「心理的安全性」でした。
心理的安全性とは「チームの中で、自分の意見・質問・懸念・失敗を安心して表明できると、メンバー全員が共有している信念」のことです。ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した概念です。そこから約15年後の2016年になって、Googleによる研究成果が発表されると、世界中で大きな反響がありました。
「人的資本経営」と「心理的安全性」
さて、2020年頃からは「人的資本経営」が経営のトレンドになっています。それは「従業員をコストではなく価値を生み出す資本と捉え、その能力・知識・経験・健康・関係性などを投資・開示・活用することで、企業の持続的な価値向上につなげる経営の考え方」です。人的資本経営と心理的安全性は密接に関係しています。一例ですが、経産省は「心理的安全性を高める組織文化」を人的資本開示・経営の重要な要素として示しています。
では、心理的安全性と非認知能力はどのような関係にあるのでしょうか。心理的安全性はチームや組織のことであり、非認知能力は個人の能力なので、別の事柄に見えます。しかし私は、この「心理的安全性」こそが、非認知能力を高めるカギだと考えています。
・非認知能力は、1990年代のEQブームをきっかけに注目され始めた
・経済学の研究から、非認知能力が人生の成果に大きく影響することが示された
・予測困難な時代において、レジリエンスや協働といった非認知能力が重要になっている
・Googleの研究により、成果を出すチームには「心理的安全性」が不可欠だと分かった
・「心理的安全性」は、非認知能力を高めるカギ
心理的安全性と非認知能力
心理的安全性が担保されると非認知能力を発揮しやすくなる
心理的安全性と非認知能力は車の両輪のような関係です。なぜならば、心理的安全性が担保されると、非認知能力を発揮しやすくなるからです。
非認知能力は、固定の属性(生まれつき決まっている力)というよりも、文脈(場面・環境・関係性・前提条件など)に応じて引き出される力という側面があります。こうした特性を、場面によって変わる「状況依存」と表現します。
たとえば、算数では粘り強く取り組めるのに、作文ではすぐに投げ出してしまうようなことを指します。これは、課題に対する価値づけ(やる意味があるか)と自己効力感(やればできそうか)の掛け算によって、意欲や集中力が変動するからです。加えて、友人関係や教室の雰囲気、評価の仕方(例えば相対評価か絶対評価か)などの要因も影響します。
だからこそ、非認知能力を発揮する・伸ばすには心理的安全性が重要なのです。
子どもの心理的安全性は、大人の関わり方で決まる
では、子どもたちの心理的安全性を担保するには、どうしたらいいのでしょうか。
それは、指導者や保護者自身が、非認知能力を高めることです。
例えば、親が感情的に怒鳴らず、落ち着いて対応できると、子どもは安心して自分の気持ちを話せます。逆に、親が苛立ちをそのままぶつけると、子どもは萎縮し、本音や失敗を隠すようになります。これは自己制御力に関係します。
また、親が自分の考えを押し付けず、選択肢を示しつつ子どもに決定を委ねることで、子どもは自分の意見を尊重してもらえると感じます。逆に親が常に指示・管理すると「従う方が安全」となり、主体性が発揮されなくなります。
これは主体性・自律性に関係します。子どもが失敗した際、親が失敗を前向きに捉え、「次にどう活かせる?」と示すことで、子どもも失敗を恐れず挑戦できます。
逆に親が失敗を責めると、子どもは挑戦より回避を選びやすくなります。これはレジリエンスに関係します。ただし、何が適切な対応なのかは状況次第です(例えば、悪意あるルール逸脱行為や、身体的な危険や他者に危害を及ぼす場合は一方的に叱る、命令するなども必要)。
・非認知能力は固定的なものではなく、状況や環境によって発揮され方が変わる
・価値づけや自己効力感、周囲の雰囲気が非認知能力に大きく影響する
・子どもの心理的安全性は、保護者や指導者の関わり方によって左右される
・大人自身の自己制御・主体性・失敗への向き合い方が、子どもの非認知能力を育てる
限られた放課後を、投資に変える
優れたマネジャーに共通する、人間的・非認知的スキル
ビジネスの世界では、優れたマネジャーに必要なのは技術力よりも、人間的・非認知的スキル(コーチング、傾聴、共感、ビジョン提示など)が重要であるという認識が広まっています。そうしたマネジャーは、心理的安全性の高いチームの規範を作ることができる人です。ご家庭でも、親子で非認知能力を高める意識を持たれることをおすすめします。
放課後は、非認知能力を育てる「投資の時間」
そして、放課後の時間は子どもの非認知能力を高める貴重な時間です。限られた放課後の時間を、習い事やご両親を待つ間の「待ち時間」や「空き時間」と捉えるのではなく、非認知能力を高めるための「投資」をする時間と捉えることが必要だと思います。
・優れたマネジャーには、コーチングや共感などの非認知的スキルが不可欠
・そうした人は、心理的安全性の高いチーム文化をつくることができる
・非認知能力を高める視点は、家庭での親子関係にも応用できる
・放課後の時間は、単なる空き時間ではなく、子どもの成長への投資の時間
・日常の捉え方を変えることで、非認知能力は育まれていく

