KBCコラム

非認知能力

学童期の非認知能力の可能性<児童精神科医 坂野真理先生>

2025/03/21

キッズベースキャンプではたくさんの体験活動やキッズコーチとの関わりを通して、子どもたちが自分の人生を切り開くための「社会につながる人間力=非認知能力」を育てます。
今回は幼児期だけでなく「学童期」における非認知能力の可能性や、非認知能力を伸ばす上で大切なことについて児童精神科医・子どものこころ専門医である坂野真理先生にお伺いしました。

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プロフィール

坂野 真理(さかの まり)

児童精神科医・子どものこころ専門医

日本医科大学卒業後、東京大学附属病院小児科、医療福祉センター倉吉病院精神科などの勤務を経て、英国キングスカレッジロンドンの精神医学・心理学・神経科学研究所にて修士号取得。2018年より虹の森クリニック開業、2020年より虹の森センターロンドンを開設。二児の母。


少子化が進む日本では、不登校児童はますます増え続け、学校教育の意義そのものが問われるようになってきています。
従来のIQや学力といった数値で測定されるような「認知能力」を学ぶ教育だけではなく、「自己肯定感」「探究心」「集中力」「創造力」「思いやり」「やりぬく力(グリット)」などの「非認知能力」の教育が必要であることは、教育分野のみならず、経済界からもかねてより指摘されてきました。
そこで、このコラムでは学童期における非認知能力を育む意義や具体的な育て方について考えてみます。

学童期の非認知能力

自己効力感

古くから子どもの心理学の分野では、学童期は「自己効力感(self-efficacy)」を育てることが重要な発達課題とされてきました(*1,*2)。
自己効力感は、現在の自分の力についてのポジティブな意識だけでなく、未来に渡り「自分ならできる」と思える意識のことで、「自己肯定感」や「自信」にもつながる感覚です。

就学前と比較して、学童期には学校や家庭の中で期待される学習目標や活動課題を達成することが求められ、その結果を評価されます。達成に向けて努力し、その過程や結果を肯定的に認められることにより、自己効力感が育まれます。
自己効力感の高い子どもは、粘り強く努力する力が高く、さらに成長してからの学習成績も高いという研究があります(*3,*4)。

自己効力感は非認知能力の1つですが、認知能力にも大きく影響を与えており、もしこの過程で何らかの障害が発生した場合、「劣等感」につながってしまう可能性もあることが指摘されています。

非認知能力としてのソーシャルスキル

学童期は、集団の中で他者と共に社会の中で生きていくことを学ぶ時期であり、自分の中で育まれる非認知能力だけでなく、社会生活にとって必要な非認知能力を育む時期でもあります。

学童期の非認知能力を育てるための様々なプログラムは多岐にわたりますが、中でも「ソーシャルスキル」に関しては、世界中でも数多く研究されています。
ソーシャルスキルの中には、他者に自分の考えや思いを伝えるための「コミュニケーション力」や、相手の気持ちや考えを受け止め、尊重するための「傾聴力」や「思いやり」、良いことと悪いことを判断して行動するための「道徳」や「規律」など、社会の中で他者との人間関係を築いていくための必要な様々な非認知能力を含んでいます。


例えば、もっとも古く有名な研究としては、米国のシアトルで80年代に行われた「シアトル・ソーシャル・ディベロプメント・プログラム(SSDP)」という小学生向けのプログラムがあります。
シアトルのもっとも犯罪率の高い地域にあった公立の18の小学校の1年生から6年生までの学年の教員と保護者向けのプログラムで、対象となる子どもたちは808名でした。
教員向けのプログラムの中には、例えば友達とのトラブルを解決するスキルや、クラスの中で子どもたちが協力して課題に向かうためのスキルの教え方が含まれていました。

その後、子どもたちが20代になった時の調査(*5, *6)において、このプログラムを受けた人は、受けていない人に比べて、学習達成度のテストでは違いはありませんでした。
しかし、成績に差はなくても自己効力感はプログラムを受けた人の方が高かったのです。同時に、プログラムを受けた人は、学位の取得率や年収も高く、メンタルヘルスの問題を抱える人の割合が少ないという結果になりました。

この研究は、学童期の非認知能力への介入が将来の教育、雇用、情緒の安定さに大きなプラスの影響を与えている可能性を示唆しています。

遊びの中で非認知能力を伸ばす

このような学童期の非認知能力を伸ばす絶好の機会は、日常生活における子どもたちの遊びの中に多くあります。

好きな遊びだから学びが進む

子どもの学習行動の研究では、大人が設定した枠組みの中で何らかの報酬を与えながら学ばせる方法と、子どもの自由な選択によって好きなことをしながら学ぶ方法で比較した場合、後者の方が子どもの学びへの動機づけが高く、効率が高いとされています(*7)。
苦手なことを克服させなければならないと感じられる保護者の方も多いと思いますが、好きな遊びを追求していく中にも、必ずどこかにじっくりと考えなければならない場面や、試行錯誤の工夫が必要な場面、あるいは乗り越えなければならない壁が出てきたりします。
その時こそ大きな学びのチャンスです。お子さんの興味や意欲を大切に育ててあげたいですね。
 

与えすぎない環境の中で非認知能力を育てる

特定の習い事や特別な教材など、大人が与えた素晴らしい環境があったとしても、非認知能力が確実に育つとは限りません。
逆に与えられすぎない環境の中で、子ども自身が工夫して遊んだり、楽しみを見つけることで、創造力や思考力が養われる場合も多くあります。

例えば、目の前にいくつかの積み木しかなかったとしても、その積み木を何か他のものに見立ててごっこ遊びをしたり、積み木を頭の上に乗せて落とさないように歩く遊びをしたり、目の前に置いてある積み木を素早く取り合うゲームをしたり・・・。シンプルな素材でも何通りもの遊び方を工夫して楽しむことができる子どもは、ますます創造力が育まれていくでしょう。

非認知能力を育むための親の関わり方

非認知能力を育むためには、大人が上手に関わることも有効です。

良かったところを言葉にして伝える

子どもが少しでもよかった行動はすぐに言葉にして伝えてあげることが、子どもの良い行動をさらに伸ばすために効果的です。その際のポイントは、具体的に何が良かったのかを、できる限りすぐその場で言語化してあげることです。

例えば、一緒にキャッチボールをしていたとします。
お子さんが投げたボールをキャッチしながら、「じょうずだね」「うまいね」と単純に褒めるだけではなく、「今は速いスピードが出てすごかったね」「お父さん/お母さんがキャッチしやすいように上手にコースを考えて投げてくれたね」など、何が良かったのかを具体的に伝えていきます。
すると、子どもたちはその言葉を聞きながら、さらに言われたポイントに注意してもっとがんばろうとするでしょう。

このような肯定的な声かけは、保護者が子どもの行動をよく観察し、子どもの良い行動に注目することができているかどうかや、少しの変化に気づいて認めることができているかどうかに左右されます。子どもの力を引き出すことができる保護者が一緒に遊んでいる時には、たった10分や15分程度の遊びの中であっても、褒め言葉が実に何十回も出てきます。
具体的な細かい点を多岐にわたって褒め、伸ばす働きかけをするには、保護者がお子さんそれぞれの行動を普段からしっかり把握しておくことも大切です。
 

子どもそれぞれの発達レベルに合わせた声掛けをする

子どもそれぞれの年齢だけではなく、個人の発達レベルによっても、お子さんの行動の基準は異なってきます。
「もう〇才なんだからこれくらいはできて当然」という一般的な基準ではなく、お子さんそれぞれのレベルにあわせて声掛けをしてあげましょう。
例え同級生の多くはできていることであっても、お子さんが昨日できなかったことが今日できていたら、まず一言ほめてあげられるといいですね。

見本を示す

子どもが非認知能力を学んでいく過程では、いくつかのステップを経ることが必要な場合があります。子どもがすでにできることについて大人がいつも手を貸す必要はないですが、どうしてもできないことをいつまでも子ども自身の力に任せていても前に進めない時もあります。

例えば、お子さんが悩んでうまく進めない時には、大人が時には見本を示すのも良いでしょう。
その際には、決して成功の見本でなくても良いのです。失敗しても悩んで別の方法を探る姿を見せるのも、一つの見本でもあります。そして、見本を見ながらできるようになったら、次は自分でやってもらいましょう。


大人も子どもと一緒に楽しみながら、様々な非認知能力を育てて行けるといいですね。

【参考文献】
*1  Erikson, Erik Homburger. Childhood and society. Vol. 2. New York: Norton, 1963.
*2  Bandura, Albert. Self-efficacy: The exercise of control. Vol. 604. Freeman, 1997.
*3  Multon, Karen D., Steven D. Brown, and Robert W. Lent. "Relation of self-efficacy beliefs to academic outcomes: A meta-analytic investigation." Journal of counseling psychology 38.1 (1991): 30.
*4 Richardson, Michelle, Charles Abraham, and Rod Bond. "Psychological correlates of university students' academic performance: a systematic review and meta-analysis." Psychological bulletin 138.2 (2012): 353.
*5 Hawkins, J. David, et al. "Promoting positive adult functioning through social development intervention in childhood: Long-term effects from the Seattle Social Development Project." Archives of pediatrics & adolescent medicine 159.1 (2005): 25-31.
*6 Hawkins, J. David, et al. "Effects of social development intervention in childhood 15 years later." Archives of pediatrics & adolescent medicine 162.12 (2008): 1133-1141.
*7 Vallerand, R. J., Pelletier, L. G., Blais, M. R., Briere, N. M., Senecal, C., & Vallieres, E. F. (1992). The Academic Motivation Scale: A measure of intrinsic, extrinsic, and amotivation in education. Educational and psychological measurement, 52(4), 1003-1017.