KBCコラム

非認知能力

学力やIQではない「非認知能力」が、将来の進学や就職に影響する<教育経済学者  中室牧子先生①>

2025/05/02

キッズベースキャンプでは、「社会につながる人間力=非認知能力」の育成に力を入れています。
今回は教育経済学者の中室牧子先生へ幼少期・学童期の「非認知能力」の育成がもたらす将来への影響についてお伺いしました。

プロフィール

中室 牧子(なかむろ まきこ)

慶應義塾大学総合政策学部 教授

慶應義塾大学卒業後、日本銀行等を経て現職。コロンビア大学にてMPA、Ph.D.取得。
専門は教育経済学。国のデジタル行財政改革会議、規制改革推進会議等で有識者委員を勤める。著書は「科学的根拠(エビデンス)で子育て」(発売3か月で7.8万部突破)、ビジネス書大賞2016準大賞を受賞し発行部数37万部を突破した「『学力』の経済学」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、 週刊ダイヤモンド2017年ベスト経済学書第1位の『原因と結果』の経済学」 (共著、ダイヤモンド社)など。2021年9月からデジタル庁のシニアエキスパート(デジタルエデュケーション統括)。
(2024年8月現在)

 


教育は“投資”──利回りが高い幼少期の質の高い教育

経済学では、子どもの教育を「投資」だと捉えます。つまり、株や債券への投資と同じで、「いつ」「何に」投資をするかが非常に大事だというわけです。
2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の労働経済学者ジェームズ・ヘックマン教授の研究は [*1]、教育の投資利回りが高いのは、子どもの年齢が小さい時にお金や時間を投じることだということを明らかにしました。
ヘックマンの研究では、1960年代の半ばに新設されたある幼稚園で質の高い幼児教育を受けた子どもたちを、その後大人になるまで50年近くも追跡した結果、幼少期に質の高い教育を受けた子どもたちの将来の学歴、所得、生活の状況が恵まれていることがわかったのです。
幼少期に質の高い教育を受けることの利回りはおよそ8%と推計されており、過去50年間の株式市場の投資収益率が5%ですから、株への投資よりも、幼少期の子供への質の高い教育のほうが優良な投資だということになります。

  • 教育は経済学的に「投資」として捉えられる
  • 幼少期に質の高い教育を受けた子どもたちの将来の学歴、所得、生活の状況が恵まれていることがわかった

重要なのは先取り学習よりも日々の生活や遊びを中心とした子どもの主体的・協同的な活動

では、どのような教育の「質」が高いと言えるのでしょうか。私たちはつい、読み書きや計算など、国語や算数の勉強を学校で習う前に先取りさせることが有用だと考えがちです。
しかし、私はそうした「先取り教育」の効果には懐疑的です。なぜなら、最近行われた研究によれば、特に2000年以降にアメリカの幼児教育が、小学校入学前の子どもたちに対して、読み書き・計算など小学校入学後の学力を高めるための先取り教育に転換してから、幼児教育のプラスの効果がほとんど見られなくなったという研究が相次いでいるからです[*2]。
よく考えてみると、子供の年齢や発達にあわない学習の先取りが有効であるはずもありません。
最近の研究では、幼少期の子どもの発達や健康を支える上で、日々の生活や遊びを中心とした子どもの主体的・協同的な活動こそが重要だという考えが広がりつつあります[*2]。
学校で習う前の学習を先取りすることよりも、子どもの発達段階に適した、多様な体験をすることこそが子どもの認知能力や非認知能力を伸ばすというわけです。
このため、私は幼少期には、子どもを夢中にさせて、遊び込む機会を与えることがとても大事なことだと考えています。

  • 読み書きや計算の「先取り教育」のプラスの効果がほとんど見られなくなったという研究が相次いでいる
  • 発達段階に適した、多様な体験をすることが子どもの認知能力や非認知能力を伸ばす
  • 幼少期には、夢中になり、遊び込む機会を与えることがとても大事

注目を集める「非認知能力」とは――将来の学歴や所得への影響

ここで「認知能力」や「非認知能力」とはどのようなことを指すのでしょうか。認知能力とは、いわゆる「学力」です。
「非認知能力」とは学力とは異なり、非認知能力とは、読んで字のごとく、「認知能力」に「非(あら)ず」。勤勉さ、意欲、好奇心などの総称です。
多くの保護者が子どもの偏差値や受験に関心を持っていることからも、「認知能力」こそが将来の学歴や所得との関連が強いと考えているのではないかと思います。
しかし、最近の経済学の研究では、認知能力が学校を卒業した後の人生の成功のほんの一部しか説明できないことが明らかになってきました。例えば、個人の学力テストの変動は、個人の賃金の変動の17%しか説明することができないし、IQの変動に至ってはたった7%しか説明できないというのです[*3]。むしろ、認知能力と同じくらいか、時として認知能力以上に賃金の変動を説明するとして注目され始めたのが「非認知能力」です。

2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のヘックマン教授らは、1957~64年の間にアメリカで生まれた子どもを長期追跡したデータを用いて、非認知能力が30歳時点の賃金に与える影響を学歴ごとに推定しています。
これによれば、男女や学歴によらず、非認知能力は認知能力と同じかそれ以上に大きな影響を与えることがわかっています。また、ヘックマン教授らは、学歴や所得だけでなく、結婚や健康、寿命にも非認知能力の貢献が大きいことを示しています[*4]。

  • 多くの人が学力に注目しがちだが、非認知能力の方が人生の成功に深く関わる
  • 研究で、非認知能力が認知能力以上に賃金に影響することが示されている
  • 非認知能力は、学歴・所得・健康・寿命などに強く影響する

非認知能力は認知能力の発達を促す

ここで注意していただきたいことがあります。それは、非認知能力が重要だからといって、認知能力が不要だとは言えないということです。ヘックマン教授の研究では、認知能力と非認知能力は、両方が互いに影響しあいながら、将来の学歴や賃金に影響すると考えています。
例えば、小さいころに勤勉さを身に着けた子どものほうが、のちのち学力が高くなりやすい、というようなことです。ヘックマン教授らは、これを「技能が技能を生む」(skills begets skills)と表現しました[*5]。
しかし、それでもどちらが鶏でどちらが卵かという問いは残ります。


そこで、ヘックマン教授らは、1957年から1964年に生まれた子どもを長期にわたって追跡した調査を用いて、認知能力と非認知能力がどのように影響しあうのかを明らかにしようとしました。
その結果、幼少期に身に着けた非認知能力は、その後の認知能力を伸ばすのに役立ちますが、その逆は観察されないことを示したのです[*6]。つまり、早期の教育投資によってたしかな非認知能力を身に着けておけば、それが将来の教育投資の効果を更に高めてくれるというわけです。

私が東急キッズベースキャンプに関心を持ったきっかけは、さまざまな体験活動を通して、「非認知能力」を育てることを目標にしているからです。

  • 認知能力と非認知能力、両方が互いに影響し合いながら、将来の学歴や賃金に影響する
  • 非認知能力は、その後の認知能力の認知能力を伸ばすのに役立つ
  • 早期の境域投資によってたしかな非認知能力を身につけておくと、将来の教育投資の効果をさらに高めてくれる

【参考文献】
*1  Erikson, Erik Homburger. Childhood and society. Vol. 2. New York: Norton, 1963.
*2  Bandura, Albert. Self-efficacy: The exercise of control. Vol. 604. Freeman, 1997.
*3  Multon, Karen D., Steven D. Brown, and Robert W. Lent. "Relation of self-efficacy beliefs to academic outcomes: A meta-analytic investigation." Journal of counseling psychology 38.1 (1991): 30.
*4 Richardson, Michelle, Charles Abraham, and Rod Bond. "Psychological correlates of university students' academic performance: a systematic review and meta-analysis." Psychological bulletin 138.2 (2012): 353.
*5 Hawkins, J. David, et al. "Promoting positive adult functioning through social development intervention in childhood: Long-term effects from the Seattle Social Development Project." Archives of pediatrics & adolescent medicine 159.1 (2005): 25-31.
*6 Hawkins, J. David, et al. "Effects of social development intervention in childhood 15 years later." Archives of pediatrics & adolescent medicine 162.12 (2008): 1133-1141.
*7 Vallerand, R. J., Pelletier, L. G., Blais, M. R., Briere, N. M., Senecal, C., & Vallieres, E. F. (1992). The Academic Motivation Scale: A measure of intrinsic, extrinsic, and amotivation in education. Educational and psychological measurement, 52(4), 1003-1017.