KBCコラム
芸術、運動、遊び――自己決定の連続が子供の心を育てる<教育経済学者 中室牧子先生②>
2025/05/02
キッズベースキャンプでは、「社会につながる人間力=非認知能力」の育成に力を入れています。
今回は教育経済学者の中室牧子先生へ「非認知能力」の育み方についてお伺いしました。

プロフィール
中室 牧子(なかむろ まきこ)
慶應義塾大学総合政策学部 教授
慶應義塾大学卒業後、日本銀行等を経て現職。コロンビア大学にてMPA、Ph.D.取得。
専門は教育経済学。国のデジタル行財政改革会議、規制改革推進会議等で有識者委員を勤める。著書は「科学的根拠(エビデンス)で子育て」(発売3か月で7.8万部突破)、ビジネス書大賞2016準大賞を受賞し発行部数37万部を突破した「『学力』の経済学」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、 週刊ダイヤモンド2017年ベスト経済学書第1位の『原因と結果』の経済学」 (共著、ダイヤモンド社)など。2021年9月からデジタル庁のシニアエキスパート(デジタルエデュケーション統括)。
(2024年8月現在)
音楽と美術がもたらす非認知能力・認知能力への効果
「非認知能力」を伸ばすにはどうすればいいのでしょうか。
これにはいろいろな方法があることが分かってきています。例えば音楽です。
ドイツのデータを用いた研究では、小さいころに楽器や歌のトレーニングを受けた子どもたちは、17歳時点での学力が高かっただけでなく、勤勉性や外向性が高かったことが示されています[*1]。
芸術も重要です。2011年にアメリカのアーカンソー州に新しいクリスタル・ブリッジーズ・アメリカン・アート美術館が建設された際、1年間は無料で入館でき、しかも交通費や昼食まで付くという小学生向けのプログラムが開始されました。
応募する学校が殺到したため、このプログラムに参加できるクラスがランダムに抽選で選ばれることになりました。この状況を利用して、定期的に美術館へ行くことの効果を調べた研究は、美術館に行くことは批判的思考力、異なる意見を持つ人々に対する寛容さを高めたことを明らかにしました [*2]。
クリスタル・ブリッジーズ・アメリカン・アート美術館のプログラムのデータを利用した別の研究では、美術館に通うことは、子どもたちの問題行動が減少し、学校への出席率が高まり、期末試験の成績が向上したと報告されています[*3]。
私は美術や音楽教育を専門にしているわけではありませんが、私の共同研究者である美術や音楽教育を専門にしている研究者は常に、「絵を描くことや音を奏でることは『意思決定の連続』である」と言います。
このことが非認知能力のみならず、認知能力にも良い影響を与えるということなのでしょう。
- ドイツの研究にて、楽器や歌のトレーニングが学力や勤勉性、外向性が高いことが示されている
- アメリカの小学生を対象とした研究で「定期行的に美術館へ行くこと」が子どもの問題行動減少や成績が向上したと報告された
- 美術や音楽における「意思決定の連続」が非認知能力のみならず、認知能力にも良い影響を与える
運動が学力を伸ばす?──運動がもたらす意外な効果
運動についてはどうでしょうか。
運動経験は成績や賃金に良い影響をもたらすだけではなく、学力や学歴を高めることを示した研究も多数あります。
ドイツのデータを用いて、3~10歳の時に放課後にクラブでスポーツをした経験があると、小学校の成績が偏差値で1.9高くなることを明らかにした研究があります[*4]。
この研究では、週1~2回のスポーツをすることで、1週間に30分程度、TVやスマホを見る時間を減らす効果があることもわかっています。
つまり「勉強する時間」と「スポーツをする時間」の間で代替が生じるのではなく、勉強以外の、TVやスマホのような「受動的な活動の時間」と、スポーツのように「能動的な活動の時間」との間で代替が生じるのです[*5]
- 「幼少期、学童期の放課後のスポーツ経験者は小学校の成績が良い」とドイツの研究で示された
- スポーツをすることはTVやスマホの受動的な活動時間を減らし、能動的な活動を増やすことにつながる
非認知能力を高める授業とは──子どもたちに関わる大人の役割
最近では、公立小学校の児童を対象にして、授業の一環として非認知能力を育てる教育が行われるようになってきています。
こうした研究をリードしていることで有名な経済学者がイギリスの欧州大学院のスール・アラン教授です。彼女の研究グループは、小学生向けの忍耐力や自制心、(GRITと呼ばれる)やり抜く力、好奇心などの非認知能力を育てるプログラムを開発し、実際にそれに効果があるかどうかの検証を行っています[*6]
最近では、公立小学校の児童を対象にして、授業の一環として非認知能力を育てる教育が行われるようになってきています。
こうした研究をリードしていることで有名な経済学者がイギリスの欧州大学院のスール・アラン教授です。彼女の研究グループは、小学生向けの忍耐力や自制心、(GRITと呼ばれる)やり抜く力、好奇心などの非認知能力を育てるプログラムを開発し、実際にそれに効果があるかどうかの検証を行っています[*6]
アラン教授らは、やり抜く力の強い人が高い成果を上げられるのは、失敗や挫折を乗り越えて、難しい課題に取り組む努力する意欲があるからではないかという仮説を立てました。
この背景にあるのは、スタンフォード大学の心理学者であるキャロル・ドウェック教授らが提唱する「成長マインドセット」という考え方です[*7]。
努力することで自分の能力を向上させることが出来ると信じている人は、仮に失敗してもめげずに、粘り強く取り組む傾向があることがわかっています。
アラン教授は、様々な分野の専門家を集めて、やり抜く力を高めることのできる教材を開発し、その後、担任の教員に対して丸1日をかけた教員研修を行いました。
この教材の特徴は、特定の単元を教えることにとどまるものではなく、教員の「授業のやり方」を変えることによって、子どもたちのマインドセットを変えようとしたことにあります。
教員は子どもたちに、目標を設定することが重要なことやその目標を達成するためには、努力をすることが大切なこと、失敗や挫折を建設的に考えることが重要なこと、人間の能力というのは決して生まれつきのものではなく、努力によって変えられることを随所で伝えるように指示されます。
例えば、実際に子どもたちを褒めるときには、良い結果だけではなく、生徒の「努力」を褒めることが推奨されました。
成功における努力の役割を強調するように助言されたのです。
こうした指導の結果、何が起こったのでしょうか。
アラン教授らは、同じくトルコのイスタンブールにある公立小学校で2回の実験を行い、この指導法に効果があったかを確かめる検証を行っています。
2度の実験が終了した後、生徒たちに対して行ったアンケート調査の結果から、プログラムを受けた生徒たちのやり抜く力が高まったことが証明されたのです。
学力と同様に偏差値であらわすと、1回目の実験ではやり抜く力が2.9も高く、2回目の実験では3.5も高くなりましたから、この効果はかなり大きいと言えます
加えて、難しい問題を解くとご褒美が得られるというゲームを行うと、生徒たちは、より挑戦的な目標を設定し、練習問題をたくさん解いて、その結果、高価なご褒美を得る確率が高いことがわかりました。
そして、プログラム終了から2.5年後に行われた追跡調査で、生徒たちは、数学の学力テストが偏差値で2近くも高くなっていました。
この意味では、子どもたちに関わる指導者の役割は極めて重要です。
私が東急キッズベースキャンプに注目している一つの理由は、生徒たちとかかわる「キッズコーチ」がまさに子どもたちの非認知能力を伸ばすエキスパートとしてのトレーニングを積んでいるという点です。
- 努力することで自分の能力を向上させることが出来ると信じている人は、仮に失敗してもめげずに、粘り強く取り組む傾向がある
- 教員は成功における努力の役割を強調するために、子どもたちに良い結果だけではなく、「努力」を褒めることが推奨され、その結果やり抜く力が高まった
- 子どもたちの成長を支える大人の存在が、非認知能力の育成に極めて重要
【参考文献】
[*1] Hille, A., & Schupp, J. (2015). How learning a musical instrument affects the development of skills. Economics of Education Review, 44, 56-82.
[*2] Erickson, H. H., Watson, A. R., & Greene, J. P. (2024). An experimental evaluation of culturally enriching field trips. Journal of Human Resources, 59(3), 879-904.
[*3] Bowen, D. H., & Kisida, B. (2023). Investigating the causal effects of arts education. Journal of policy analysis and management, 42(3), 624-647.
[*4] Coe, D. P., Pivarnik, J. M., Womack, C. J., Reeves, M. J., & Malina, R. M. (2006). Effect of physical education and activity levels on academic achievement in children. Medicine & science in sports & exercise, 38(8), 1515-1519.
[*5] Felfe, C., Lechner, M., & Steinmayr, A. (201